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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和40年(う)40号 判決 1965年9月14日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金五、〇〇〇円に処する。

被告人が右罰金を完納しないときは、五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

本件公訴事実(本位的訴因)中、第一から第五、第七から第一一、第一三、第一四の各事実について被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は弁護人重山徳好、同長谷川専造共同名義の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用するが、これに対し当裁判所は、つぎのように判断する。

控訴趣意第一点、(1)について

所論は要するに、「原審において本件詐欺罪として起訴され、九年二ケ月にわたつて審理を継続し、第五五回の最終公判に至つて検察官は、金沢市金銭物品等の寄附募集に関する条例違反及び小松市寄附金品取締条例違反の訴因を予備的に追加した。これに対し被告人並びに弁護人等は異議の申立をなしたにもかかわらず、原審は、右異議申立の許否、について判断することなく、右予備的訴因について本案の判断をなしたのは訴訟手続に違反したものである」というのである。

原審第五五回公判調書によれば、右公判において検察官は昭和三九年一一月四日付予備的訴因追加申立書を陳述して予備的訴因の追加を請求し、原審弁護人は、これに対して異議の申立をなしたが、原審は右異議の申立について、許否の決定をしなかつたことは所論のとおりである。

然しながら、右公判調書によれば原審は、被告人に対して右予備的訴因に対する陳述を求めるなど、ただちに、次の訴訟手続に進んでいることが明かであつて、このような場合には、裁判所が特に異議申立について許否の決定をしていなくても、右異議申立については、これを却下し、右予備的訴因追加の請求については、これを許可する旨の黙示的な決定があつたと認められるから、原審の右訴訟手続には判決に影響することの明らかな法令違反があるとは、いえない。論旨は採用できない。

控訴趣意第一点、(2)について

所論は「原審は右訴因の追加を事実上容認しておりながら、右訴因の追加につき何ら被告人及び弁護人等に通知せず漫然本案について判断をなしたのは、明かに刑訴三一二条三項に違反するものである」旨主張する。

然しながら、前記の如く本件における予備的訴因の追加は被告人の在廷する原審第五五回公判において口頭でなされたものであるから、あらためて追加された右訴因を被告人に通知する必要はないと解すべきである。論旨は採用できない。

控訴趣意第一点、(3)について

所論は要するに「本件の本位的訴因である詐欺と予備的訴因である条例違反との間には公訴事実の同一性がないから、右予備的訴因の追加は刑訴三一二条一項に違反し、無効である」というのである。

然しながら、本件の本位的訴因である起訴状記載の公訴事実第六及び第一二と、予備的訴因の第一及び第二とは、相互に詐欺罪と金沢市金銭物品等の寄附募集に関する条例違反、及び小松市寄附金品取締条例違反として構成要件罪質を異にしているけれども、両者は、犯罪の日時場所が同一であり、被告人が受領した金銭の額、交付者、直接右金銭を受領した被告人の外交員、及び右外交員が右金銭の交付を受けるために交付者は働きかけた言動も全く同一であり、従つて右両者は基本たる事実関係において同一であると考えられるから、原審が右予備的訴因の追加を認めたのは相当である。論旨は採用できない。

控訴趣意第一点、(4)について

所論は要するに、「本件予備的訴因の追加は、右予備的訴因と構成要件的に重要な部分が全然重なり合わない本位的訴因について九年二月にわたり証拠調を行い、これが完結した最終公判期日において突如行われたもので、民事訴訟法にいわゆる時期に遅れた攻撃、防禦の方法に類似するものである。刑訴三一二条一項は被告人の防禦権を十全ならしめんとする法意に出たものであるから、右の如き予備的訴因の追加は、全くの不意打で、被告人の防禦の機会を奪つたもので、同条同項の法意を無視したものとして、とうてい許されない」というのである。

然しながら、元来予備的訴因の追加等、訴因の変更については、刑訴上時期的制約はないのであるから、本件の如く、起訴から結審まで長期間を要し、予備的訴因の追加が結審の公判において初めて行われたものであつても、そのことの故に右訴因の追加が不適法であるとはいえない。もつとも刑訴三一二条の法意が、被告人に対する、いわゆる不意打を避け、防禦の機会を奪うことのないようにとの配慮に出ていることは所論のとおりであるけれども予備的訴因の追加が請求された以上、被告人及び、その弁護人は、不知の間に本位的訴因と異なる予備的訴因について審判される恐れはないわけであるから、本件の予備的訴因の追加が被告人にとつて不意打であるということは、あり得ない。所論は訴因変更の制度を誤解したものと言わざるを得ない。なお右予備的訴因の追加に対しては、被告人側としては、反証の取調、あるいは、その準備のため公判の続行を求め、進んでは必要な期間公判手続の休止を求めることもできるのであるが、原審五五回公判調書によれば、被告人及び弁護人等は、このような方途を取らず、またこれが妨げられた形跡も認められないから、右予備的訴因の追加により被告人の防禦の機会が奪われたと言うこともできない。論旨は採用できない。

控訴趣意第二点について

所論は要するに被告人の原判示所為は社会教化事業のための「喜捨」を求めた行為であつて、金沢市金銭物品等の寄附募集に関する条例、及び、小松市寄附金品取締条例等の取締の対象である「寄附募集」となるものではなく、この点で原判決は事実を誤認しているというのである。

然しながら右各条例が規制する「寄附募集」とは、名称の如何を問わず、義務がないのに一定の目的のために対価を得ないで多数人に対し金銭、物品、その他財産上の出損を促す行為であり、これに対し所論の「喜捨」とは、原則として特定の目的を指向しない、出捐者の自発的納金と解すべきである。原判決挙示の証拠、及び原審証人上野伊三吉、同小島房枝、同渡辺すずゑの供述記載、被告人の検察官調書を綜合すると、本件においては、被告人の指示にもとずきその外交員等が、原判示の場所で、不特定多数人である原判示の人々に、「盆の法要を営むので、御志をいただきたい」旨述べて、原判示の金銭の交付を受けた示実が認められるのであつて、右行為は、正に前記の「寄附募集」に当り、「喜捨」ではないから、原判決には所論のような事実の誤認はなく、論旨は採用できない。

控訴趣意第三点について

所論は、原判示の各犯罪は、遅くとも、原判示第二の犯罪が終つた昭和三〇年八月六日から起算して三年後の昭和三三年八月五日をもつて公訴時効が完成しているにもかかわらず、その間何ら時効中断の主張も立証もないまま原審が漫然と被告人に対し原判示事実について有罪の判決をしたのは刑訴二五〇条五号に違反していると主張する。

本件記録によれば、本件は最初詐欺罪として昭和三〇年九月二〇日起訴されたが、昭和三九年一一月二六日の原審五四回公判において、前記各条例違反の罪として予備的訴因が追加され、原審は本位的訴因を退け、右予備的訴因について審判したことが明かである。所論は、右予備的訴因である前記条例違反の罪についての公訴時効の完成の有無は右予備的訴因の追加の時を基準として判断すべきであると主張するもののようであるが、訴因の変更によつて公訴事実の同一性を害することのない本件にあつては、最初の起訴の時、即ち本位的訴因である詐欺罪についての起訴が行われた昭和三〇年九月二〇日を以て基準とすべきであり、それによれば本件予備的訴因についても公訴時効は完成していないから、原判決には所論の違法はなく、論旨は採用できない。

ところで職権で調べると、原判決は、その理由中で「本件公訴事実中被告人に対する詐欺罪の主位的訴因は、被告人に詐欺の犯意を認めるに足る充分な証拠がないので有罪とは認められない」旨述べ、その主文において「被告人雄谷本英の罰金五、〇〇〇円に処する。右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する」と判示している。

然しながら本件において、予備的訴因である原判示の犯罪事実は、本位的訴因である詐欺罪の第六及第一二の各事実にのみ対応して追加されたものであることは、本位的訴因及び予備的訴因を、それぞれ検討すれば明白である。従つて原判決が、前記の如く本位的訴因である詐欺罪について無罪と判断した以上、その主文において、予備的訴因の犯罪事実たる原判示事実について有罪を判示するだけでは足りず、本位的訴因中、右予備的訴因に対応する第六及び第一二を除いた各訴因について、(右各犯罪事実は併合罪の関係に立つから)、無罪を判示しなければならない、この点において原判決は、審判の請求を受けた事件について判決をしなかつた違法があり、破棄を免れない。

そこで刑訴三九七条一項、三七八条三号により原判決を破棄し同法四〇〇条但書により当裁判所において更に判決する。

当裁判所の認めた「罪となるべき事実」、及び、その証拠は、「証拠の標目」に、原判示第一の事実について原審証人上野伊三吉(記載二五四丁以下)、同小島房枝(記録三〇一丁以下)、原判示第二の事実について同渡辺すずゑ(記録三五四丁以下)の各供述記載、原判示第一、第二の各事実について、被告人の検察官に対する供述調書(記録三七二四丁以下)を附加する外は原判決と同一であるから、これを引用する。

右事実に法律を適用すると、被告人の原判示第一の所為は金沢市金銭物品等の寄附募集に関する条例三条、一一条一号に、原判示第二の所為は小松市寄附金品取締条例二条二項、一一条に当るので、原判示第二の罪については所定刑中罰金刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により合算した罰金額の範囲内で被告人を罰金五、〇〇〇円に処し、同被告人において右罰金を完納することができないときは同法一八条により五〇〇円を一日に換算した期間労役場に留置する。

なお本件の本位的訴因である詐欺罪の公訴事実は別紙のとおりであるが、これについては犯罪の証明が十分でないから、刑訴三三六条、四〇四条により無罪とするが、右訴因中第六及び第一二については、原判示の「罪とるべき事実」が、これと予備的訴因の関係にあるから、主文において特に無罪の言渡をしない。

以上の理由により主文のとおり判決する。

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